「デジタル地主」という新たな支配階層
GAFAMの隆盛
Google、Apple、Facebook、Amazon、そしてMicrosoft――これら巨大ITプラットフォーマー5社は頭文字を取ってGAFAMと呼ばれています。
日本人の私たちも、Googleで情報を検索し、iPhoneを使って連絡をし、Facebookで日記を投稿し、Amazonで買い物をし、そしてMicrosoft Officeを使って文書を作成しており、日々の生活や仕事に深く根ざしたものになっています。
そんなGAFAMですが、総務省によると、2021年7月には
GAFAの時価総額合計が日本株全体の時価総額を上回ったようです。
日本経済は不調とはいえ成長スピードが鈍化したというだけで一応成長はしているので、GAFAMの成長スピードが物凄いということになります。
デジタル地主
GAFAMは巨大ITプラットフォーマーです。
Google WorkspaceやMicrosoft Officeが分かりやすいですが、GAFAMが仕事に必要な「場(プラットフォーム)」をユーザーに提供し、対価としてユーザーから使用料を受け取ることで収益としています。
この関係が、地主が仕事に必要な農地を小作農に貸し出し、対価として小作農から小作料を受け取ることで収益としていることに似ていることから、本記事ではGAFAMとそのビジネススタイルを「デジタル地主」と呼ぶことにします。
円安で顕在化するデジタル赤字
1979年に米ハーバード大のウォーゲル教授が『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(原題:Japan as Number One: Lessons for America)という著書を記したように、1970年代から1980年代にかけては日本経済の黄金時代というべき時代でした。
その時代では、1ドル200円以上の為替相場が当たり前であり、今では考えられないほどの円安でした。
円安なので海外からすると安く日本製品を買うことができ、特に安くて性能の良い日本車はアメリカ市場を席巻し、日米自動車貿易摩擦と言われるほど日米関係に深い亀裂を生みだしました。
日本車を文字通り叩き潰しているアメリカ人
それからは、輸出から海外現地生産へのシフトや、1985年のプラザ合意により為替相場が大幅に円高に振れたことで貿易摩擦は解消されましたが、2024年には1ドル160円台を突破して歴史的な円安が戻ってきました。
ただ、円安により「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の時代が戻ってくるかと思いきや、輸出数量は思ったよりも伸びていないようです。
それどころか、デジタル地主に対して支払う小作料はドル建てなので、円安により小作料が急上昇し、これが「デジタル貿易赤字」として大きな問題になっています。
また、円安だと外国人観光客が増えますが、人手不足や観光地のキャパシティ不足により観光による収支がそこまで伸びているわけでもないようです。
そして、円安により輸入品の物価が上昇し、これが昨今の物価上昇の主要因となっています。
総括すると、「円安により物価が上昇している一方で、輸出産業や観光業はそれほど好調でもなく、しかもデジタル貿易赤字が進んでいるので、賃金が物価上昇に全く追い付かず生活が苦しくなっている」というのがここ数年の日本経済の風景であり、統計的なデータを持ち出すまでも無く生活の実感として納得していただけるでしょう。
今後の見通し
DX化の流れは今後も加速していく一方で、ITプラットフォーマーはGAFAMの寡占状態が続いているので、デジタル地主への依存が深まることが予想されます。
デジタル地主へ支払う小作料が年々増加していくことは非常に粘着質な円安要因となり、先ほど総括として述べたような「円安により物価が上昇している一方で、輸出産業や観光業はそれほど好調でもなく、しかもデジタル貿易赤字が進んでいるので、賃金が物価上昇に全く追い付かず生活が苦しくなっている」という状況の固定化に繋がると想定されます。
先ほどは円安によりデジタル貿易赤字が起きているという因果関係で述べておりましたが、デジタル地主への依存が深まることにより円安が起きるという逆方向の因果関係もあり、当面はそれらが相互に作用していく見通しです。
デジタル貿易赤字を克服するには
赤字を肯定的に捉える
デジタル貿易赤字は確かに日本にとってマイナスですが、一方でIT分野への投資が進めばそれだけ日本企業の競争力が増して、それにより外貨を獲得できれば円高の要因になり円安が抑制されます。
ここで重要なのは、IT分野への投資は本当に企業の競争力の向上に結びついているかという点です。
私の勤めている会社でもそうなのですが、「AI」や「DX」などの投資家ウケの良いバズワードに飛びついて、ITコンサルに言われるがままに投資を進めている経営陣は多いのではないでしょうか?
そういった場合、IT分野への投資は競争力の向上には結びつかず、単なるデジタル貿易赤字に終わってしまいます。
IT分野への投資が本当に有効なのかどうかを見極め、そして投資したからには本当に効果があったのかを冷静に検証して、もし無意味だったのなら思い切ってIT分野への不必要な投資を抑制するという判断も必要だと思います。
競争環境の整備
ITプラットフォーマーはデジタル地主による寡占体制が続いております。
それに対し、アメリカでは司法省が日本の独占禁止法にあたる反トラスト法に違反したとして訴えを起こしています。
日本でも公正な競争環境の確保のために規制を強めるべきという論調があり、法案の内容によってはデジタル地主の寡占体制が弱まる可能性があります。
デジタル地主の座がGAFAMから国内のプラットフォーマーに移るだけに見えるかもしれませんが、小作料が外貨建てではなく円建てになるので、上記のような「悪い円安」は抑制されることになります。
為替の正常化
先ほど述べた通り、現状では円安のメリットよりもデメリットの方が大きいので、ここ数年で大幅に円安に振れた為替相場を正常化させるべきだという意見があります。 そして為替が正常化すれば、デジタル貿易赤字も必然的に減少します。
為替相場の決定要因としては貿易という実態経済の部分だけでなく、日米の金利差という金融経済の部分も非常に大きいです。
今のところ、アメリカのインフレはようやく収まりそうで、Fedも利下げを進めつつあります。
また、日銀は長く続いたゼロ金利政策から脱却して金融政策を正常化させ、利上げを進めています。
これらにより、日米の金利差は縮小し、先ほど述べたような1ドル160円という歴史的な円安は既に是正されております。
ただし、アメリカではトランプ大統領が再選したことでインフレの再燃が懸念されており、インフレの抑制のためにFedがまた利上げをしてしまうかもしれません。
また、日本の政党はいずれも拡張的な財政政策を主張しており、例えば国民民主党の玉木代表は早期利上げに否定的な見解を示しました。
これらの要因により再び円安に傾く可能性もありますので、個人的には為替の正常化にはあまり期待できず、今後は1ドル150円程度で推移してしまうと懸念しています。
一個人としては
海の向こうにいるデジタル地主という新たな支配階層に対して、我々が個人としてできることは驚くほど少ないです。
一方で、デジタル地主への依存がもたらす円安は我々の生活にダイレクトに影響してきます。
金利や為替といった金融経済が我々の生活を大きく揺さぶる一方で、仕事を頑張っても生活はそこまで変わらず、自身が無力な傍観者に過ぎないということをひしひしと感じさせられます。
ただ、それならいっそと肩の力を抜いて展望台に上り、日本経済の傍観者に徹するのも案外楽しいなと、一個人としては思っています。