理系と絵画

理系と絵画

感性と理性

感性と理性はトレードオフの関係にある――私は長らく漠然とそのように考えておりました。
感性は心情を絵や音楽や文章などに表現する力に、理性は自然現象を分析・解明する力に対応していると考え、どちらかの力を使っているときにはもう一方の力は眠っているのではないか、と考えていたのです。
しかし、どうやら世の中にはトレードオフどころかどちらの力も卓越している人がいるらしく、私のこの考えは変わりつつあります。

数学者と絵画

「マンデルブロ集合」をご存知でしょうか?
数学者ブノワ・マンデルブロの名に因んで命名された集合で、それを複素平面上に図示すると以下のようなフラクタル(ある部分を何回拡大しても同じように複雑であるような性質)な図形として表されます。

Wikipediaより

数学というのは論理に論理を積み重ねるものであって、数学者は理屈の王様のようなイメージだったのですが、マンデルブロは自伝によると日本の浮世絵に強い興味を持っていたようです。
また、幾何学的アートの試みを展示していた藤木雅彦さんは数学系のバックグラウンドをお持ちのようで、絵画に加えてクラシック音楽もお好きなようでした。
数学をする「理屈の王様」には、感性豊かな芸術家としての一面があるのかもしれません。

『ハッカーと画家』

ポール・グラハムという米国のLispプログラマーが、『ハッカーと画家』というエッセイを書いていました。
グラハムは同エッセイで以下のように語っています。

大学院で計算機科学を専攻した後、 私は絵画を学ぶためにアートスクールに入った。
コンピュータに興味を持つような人間が絵を描くことにも 興味を持つと聞いて、驚く人も多い。
どうやら、ハッキングと絵を描くことは全然違うものだと 思われているらしい。ハッキングは冷たく、精密で、几帳面なものであるのに対し、 絵を描くことは、なにか原始的な衝動に駆られた表現だと考えられているようだ。
そのイメージはどちらも正しくない。 ハッキングと絵を描くことにはたくさんの共通点がある。 実際、私が知っているあらゆる種類の人々のうちで、 ハッカーと画家が一番良く似ている。
ハッカーと画家に共通することは、どちらもものを創る人間だということだ。 作曲家や建築家や作家と同じように、ハッカーと画家がやろうとしているのは、 良いものを創るということだ。 良いものを創ろうとする過程で新しいテクニックを発見することがあり、 それはそれで良いことだが、いわゆる研究活動とはちょっと違う。

数学と同様、計算機も本当に理屈っぽいと思うのですが、その計算機を操るハッカーはなんと絵を描くことにも興味を持つようなのです。
共通するのは、「どちらもものを創る人間だ」ということ。
他にもグラハムはハッカーと画家の類似性について、「分業できるかどうか」や「油絵とLispが人気になった共通の理由」など興味深い論点で語っているので、興味がある人はぜひ読んでみて下さい。

絵画教室に行ってみた

さて、私は数学者でもハッカーでもありませんが、相当に理屈っぽい人間だという自覚があります。
(「そんなのこの長ったらしい文章を読んでいれば分るよ!」というヤジが聞こえた気がします)
元々理屈っぽくて感性に乏しいのに、そのなけなしの感性すら労役で擦り減ってしまったので、どうにかして感性を取り戻したいと思っておりました。
そして、上記の人々を知ってからは、理屈っぽさを捨てなくても感性を養うことは可能な気がしていて、感性を取り戻すための一環として絵を描いてみることにしました。

思うままに絵を描いてみてもいいのでしょうが、せっかくだからある程度ものにしたいと思い、近所にある絵画教室に行ってみました。
体験教室に行くと、完全初心者ということでまずはりんごのデッサンをしてみることになりました。
先生と一緒にデッサンをしながらいろいろ教わったのですが、以下のお話が印象に残っています。

  • とにかくよく観察すること。先生は観察する時間と描く時間が大体同じぐらいの長さだとのこと。
  • 断面や、地球儀で言うところの緯線や経線を意識して、立体の構造を把握すること。
  • りんごのゆがみや模様などの特徴を捉えること(意外と左右非対称だったり模様があったりする)

鉛筆や練り消しの使い方など、本当に何も分かっていなかったのですが、先生に色々教わったおかげで楽しく絵を描くことができました。
教室に行く前は、製図をするように輪郭を描く・色を塗る・修正するという工程を想像していたのですが、実際にやってみるとぼんやりしたシルエットを描いてから練り消しで「削り出して」行くような感じもして、まるで彫刻をやっているような気分にもなりました。
私はアプリを製作するときにもとりあえず一通りコードを書き散らしてから整理していくという流れで作業しているのですが、まさにそれと似たような感覚を覚えて、グラハムの言うことが体感できた気がします。

絵を描くことで、眠っていた感性が少し解放されたような気がしました。
そして、とにかく集中していたので時間があっという間に過ぎていきました。
雑念が取り払われ、心がリセットされた感じもしたので、座禅や瞑想のような効果もあるのかもしれません。
慣れてきたら、鳥や橋の絵を描いてみたいですね。

りんごのスケッチ。サンふじだったので食べたかったのだが回収されてしまった。

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