同志ウィトゲンシュタイン

同志ウィトゲンシュタイン

偉大な哲学者の意外な一面

ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインという人物をご存知でしょうか?
オーストリアのウィーン出身の哲学者で、初期の著作『論理哲学論考』は哲学界に激震を与えました。
同書は「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」という有名なフレーズで締めくくられており、もしかしたら聞いたことがある方も多いかもしれません。
さて、そんなウィトゲンシュタインですが、象牙の塔に籠って淡々と哲学をしていたわけではなく、なんと第一次世界大戦に志願兵として従軍していた過去があります

第一次世界大戦という地獄

日本では「戦争」を語るときには大抵第二次世界大戦を指しますが、ヨーロッパでは第二次世界大戦よりも第一次世界大戦の方が被害が大きく、悲惨な出来事として歴史に刻まれています。
わずか4年間の戦争で全体で900万人が死亡したと言われており、ウィトゲンシュタインの出身であるオーストリアでは人口の2%が戦死したと言われております。
第一次世界大戦は国家が国力を総動員して戦う「総力戦」として知られており、そして一般的には初めての総力戦であったと見なされています。
技術的には毒ガス・戦車・機関銃などが導入され、夥しい数の命が散っていきました。
特に機関銃が登場したことにより、歩兵や騎兵が正面突撃で塹壕を突破しようにも機銃掃射で一網打尽にされてしまうため突破が極めて困難になり、その結果として双方が塹壕を掘り前線が膠着する「塹壕戦」という色合いが強くなりました。

塹壕戦

いったん塹壕戦が始まると、お互い突破するのが困難になります。
砲撃をする、人海戦術で突撃する、毒ガスを使う、坑道を掘る、戦車を使うなど様々な方法で突破が試みられましたが、防御側が更に塹壕を堅固なものに変えてしまうためイタチごっこのようだったらしいです。
そのため塹壕戦は極めて長期に渡り、歩兵たちは泥水に塗れ伝染病や凍傷に苦しみながら敵軍の砲撃に怯える毎日を過ごしていたようです。
ウィトゲンシュタインは、まさにこのような地獄としか言いようのない塹壕の中で、『論理哲学論考』のアイデアをノートに書き留めていたと言われています。

会社は軍隊である

さて、唐突ですが、私は会社は軍隊だと思っています。
会社では「経営戦略」や「営業部隊」など軍隊の用語を使って物事が語られる傾向にあり、我々会社員は「経済戦争」を遂行しているということについて会社員の方であれば多かれ少なかれ納得してくださるかと思います。
会社は高度に組織化されるほど体育会系的な側面が強くなり、こういった体育会系のカルチャーは軍隊と極めて類似していると考えます。
また、旧日本軍についての名著『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』には、「日本軍の持っていた組織的特質を、ある程度まで創造的破壊の形で継承したのは、おそらく企業組織であろう。」という記述があります。
旧日本軍は完全に滅んだわけではなく、終戦によりトップが一掃されたというだけで、優れた下士官たちが企業戦士として戦後の急激な経済成長を支えたことが示唆されています。
つまり、組織的なエネルギーが放出される方向が物理的な殺戮ではなく経済戦争へとシフトしただけであり、軍隊的(体育会系的)メンタリティは戦前も戦後もほとんど連続しているのではないか、と考えています。

論考する企業戦士

先週に以下の記事を投稿し、「例え会社に身を置いていたとしても、絶えず数学について考え続けることで、せかせかしない日々を送ることができるのではないか」と論じました。

もちろん、私には数学者になれるほどの才はありませんし、ウィトゲンシュタインと自身を重ねて「会社という塹壕で数学をする従軍(従社)数学者」だと僭称するつもりは毛頭ございません。
さらに、ウィトゲンシュタインは勇猛に戦ったと言われているので、おそらく組織に対する思いもやる気のない私とは大きく違ったのでしょう。
しかし、塹壕という地獄の中に身を置きながら絶えず探求を続けたというウィトゲンシュタインの生き様には深く心を打たれ、どうしても他人である気がしないのです。
数学系ひきこもりに過ぎないしがない私は、論考する企業戦士にはなれないのでしょうが、人生の師とでもいうべき人をまた一人見つけたことで、安心感とも似つかない奇妙な感情を抱いております。
遠い昔に、遠い異国の地で生まれ育った知の巨人に対し、親愛を込めて「同志」と呼ぶことを、どうか許してほしいのです。

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