不誠実な業界
誠実な業界
行きつけのカレー屋に行ったとき、席に着くや否や「いつもと同じにしますか?」と聞かれると、なんだかすごくほっこりとした気分になりますし、他のものを頼むつもりだったとしても、「ハイ、いつもので!」と言ってしまいます。
もちろん、店員さんが商売上手で「私はあなたを常連客だと思っていますよ」ということをそれとなく伝えることで関係性を良くする狙いがあったのかもしれません。
しかし、そんなことはどうでもいいのです。接客から何から何までマニュアル化し、そしてブルシット・ジョブに組み込まれていくこの世の中で、たとえ打算であったとしても人間味と創意工夫のある対応をしてもらえたことが嬉しかったのです。
会計を済ませ、「いつもありがとうございます」と言い残し、退店しました。
このように店員さんとはいい関係を築きたいですし、そのためにはまずは私がいいお客さんであろうと努めています。
不誠実な対応
しかし、先ほどのカレー屋とは全く別で、ある契約をしに行ったときに、担当者から不誠実な対応をされたことがあります。
もっとも最初は誠実に対応してくれていたのですが、契約が成立して売上の見込みが立ったからかだんだんと対応が遅くなり、しまいには期日を超過しても連絡すら寄こさないというときがありました。
「せめて遅れる旨だけメールを一通入れてくれればよいのに」と、正直怒りたい気持ちがあったのですが、怒っても意味がないですし、「なんだかなぁ」と思いつつ諦めるしかなかったのでした。
不誠実な業界
どうにも、対応が誠実かどうかという点について、業界ごとに傾向があるようです。
例えば不動産などの「一生に一度の買い物」だと、買い手と売り手の間に知識の差が生じやすく、売り手が買い手に対して付け入る余地が生まれます。
知識の差以外にも、一回だけの取引だと売り手としても印象を良くしようとするインセンティブが働きませんし、それに対して買い手の方は口コミに低評価を付けることぐらいしかできず、そして忘れていくのです。
一方で、行きつけのカレー屋さんは継続的な関係を前提としており、しかも商品に誇りを持っていたので、誠実に対応してくれていたのかもしれません。
なぜクレーマーが増えるか
ここで、この担当者の立場に立って考えてみることにしました。
この担当者は恐らく多数の顧客を抱えていて、ノルマにも忙殺されていることが想定されます。
売上の見込みが立ったのならばその顧客の優先度は下がりますし、ましてや大人しい客なのならば期限を超過してもメール一通すら送らなくていいという思考になったのかもしれません。
逆に、クレーマー気質の客であれば連絡が遅れたことで遅延損害金や手数料の減免を請求してくるかもしれませんし、対応の優先度は上がるでしょう。「一回だけの取引だから相手にどう思われてもいい」というのは、売り手だけでなく買い手も同じなのです。
すると、クレーマー対応にエネルギーを割かれた担当者は、大人しい客に対してエネルギーを割くことができなくなってしまいます。
この状況が煮詰まると、「ゴネ得」どころか「ゴネないと損」という極めて不健全な事態に陥ります。
関わり方
不誠実な業界では当然のことながら問題が発生しやすく、それに対応して誇大広告の禁止や資格制度など様々な規制ができています。
しかし、働く人間のモラルが改善されない限りはイタチごっこに過ぎず、結局トラブルは起きがちです。
そこで、消費者は自衛のためにクレーマーになるか泣き寝入りをするかの二択を迫られます。
規制について学び、クレーマーになることで逆に損害金を請求して業者を出し抜くこともできるでしょう。
しかし、その時点で既にその不誠実な業界に足を踏み入れてしまっているのです。
一度足を踏み入れてしまうと最後、消費者に過ぎないはずがその業界の思考様式に染まり、金銭的利益だけを考える野獣型人間に成り下がってしまうことは避けられないでしょう。
前述のとおり不誠実な業界には一定の傾向がありますが、そんなに理屈っぽいことを考えなくても、不誠実な業界というものはそこで働いている人を見れば勘で直ぐに分かります。
不誠実な業界とは、そもそも関わるべきではないのです。
どうしても関わらざるを得ない場合は、最低限の自衛策と機械的な応対で済ませ、彼らに私たちの心の中での居場所を作らせないように努めるのです。
もちろん、そんなに簡単に割り切れるのならば苦労は無いので、それでもやっぱり嫌だなぁと思った私は、行きつけのカレー屋でいつものメニューを頼んだのでした。