日本人はどこで数学につまづくのか? ~ トーナメントモデルでの考察

日本人はどこで数学につまづくのか? ~ トーナメントモデルでの考察

数学に対する関心が大きい日本人

登録者数100万人超えの教育系YouTuberである河野玄斗氏やヨビノリたくみ氏、そしてかつてのはなおとでんがんチャンネルは数学の解説をメインコンテンツとしています。
「日本は医師以外の理系が報われない国である」としばしば言われるものの、これらのYouTuberの登録者数が100万人を超えていることから、日本人は数学に対して大いに関心を持っていると考えられます。
また、数学はその特殊性から「できる・できない」の差が非常に明確な科目でもあります。
本記事では、トーナメントモデルを用いて日本人の数学の達成度の分布を直観的に把握することに挑戦しようと思います。

数学という科目の特殊性

数学は積み重ねが重要な科目であり、このことはヨビノリたくみ氏も指摘しておりました。
例えば社会であれば「中学の社会で挫折したけど三国志には非常に詳しくて大学学部レベルの知識を持っている」ということがあり得ますが、一方で「中学の数学で挫折したけど大学で習うテイラー展開は理解できる」という状況はまずあり得ません。
積み重ねが重要であるということは、達成度が測りやすいということでもあります。

そして、このことは数学を解説する教育系YouTuberが人気を博している理由にも繋がっていると考えます。
「エレガントな解法がまるでマジックのように見えて楽しい」という理由も考えられますが、「高等数学を解説できる」ということは「達成困難であることができる」ということの証左になります。
要するに、「この人は凄い人だ」というのが分かりやすいということです。

トーナメントモデル

日本人の数学の達成度を、

  • 小学校レベルクリア:上位60%
  • 中学校レベルクリア:上位30%

と並べてもいいですが、単純に並べるだけだと覚えにくく、そして直観的に把握することが難しいです。
そこで今回はトーナメントモデルで考えてみることにします。

トーナメントでは回を経るごとに半数が脱落していきます。
1回戦で50%が脱落して50%が残り、2回戦では残ったうち50%が脱落して25%が残り、3回戦では残ったうち50%が脱落して12.5%が残り、…といった具合です。
数学の達成度もこのように分布すると考えるとスッキリと把握できるのではないか、というのがアイデアの中核です。

達成度の分布

レベル1:小学算数クリア

日本人の上位50%

小学校の算数をクリアすると上位50%に入れます。
逆に言うと、日本人の半分は小学校レベルの算数をクリアできていないということになります。
「そんなにクリア者が少ないわけないだろ!」という声が都市部の私立校出身者から聞こえてきそうですが、実はそれなりの根拠があります。

小学校の算数で鬼門となるのは小数や分数の四則計算です。
ベネッセコーポレーション顧問であり、東京都算数教育研究会の元会長である八木義弘氏の調査には、

けた数の異なる小数計算では、約4割が正答できない

といった記述や

学習指導要領外の計算は、約半分の児童しかできない

といった記述があり、この推論を裏付けています。

レベル2:中学数学クリア

日本人の上位25%

中学数学では文字式の概念が導入され、そこから抽象度が一気に上がります。
図形問題についても、平行と合同の概念や三平方の定理などが鬼門として立ちはだかります。

日本人の高等学校進学率は95%前後を推移していますが、公立高校であれば定員割れの場合は原則として応募者全員を入学させる方針であることや、私立高校であれば推薦など学力を問わない入試方式も多いことから、高校進学率が高いことは中学数学に習熟していることを担保しません
令和3年度 全国学力・学習状況調査によると、中学数学の記述式の問題は正答率が20%台のものも多く、中学3年までの内容をマスターしている人は少ないと考えられます。

レベル3:高校数学クリア

日本人の上位12.5%

ここから義務教育を外れ、さらに発展的な内容になってきます。
数学ⅢCに関しては理系でしか習わないことを考えると、高校数学をクリアできているのは上位1割程度ではないでしょうか。
実際のところ、日本の大学進学率は50%程度で、大学生のうち理系の割合は3割程度と言われているので、理系の大学進学者は15%程度となります。
しかし、大学の中には定員割れしているものもあり、その場合は高校数学に習熟したことを担保しているとは言えないため、高校数学をクリアできている割合はもっと少ないと考えられます。
そう考えると、12.5%という数値は妥当性を帯びてくるのではないでしょうか。

レベル4:大学数学(教養レベル)クリア

日本人の上位6.25%

ここから先は教育機関を横断した統一的なテストが存在しないため、達成度を測るのが困難です。
そのため、私の感覚や体験をベースにした議論になってしまいます。

大学の数学は理系であれば教養科目として習う「教養レベル」と、数学科で習う数学や工学部で使う応用数学などの「専門レベル」の2つの段階があります。
そのうち前半の教養レベルは、高校数学とは抽象度も厳密さも段違いに上がっており、微分積分学でε-δ論法がいきなり出てきて面食らった方も多いのではないでしょうか。
また、理系であっても数学を使わない学部学科に所属する人にとっては、単位を取得できるだけの最低限の労力で済ませる場合も多いと考えられます。
そのため、「習熟した」と言えるレベルでクリアできているのはざっくり半分程度ではないでしょうか。

レベル5:大学数学(専門レベル)クリア

日本人の上位3.125%

いよいよレベル5です。
数学科で習うような数学は、例えば微分積分学はリーマン積分から測度論をベースにしたルベーグ積分へと発展し、抽象度も厳密さもさらに上昇します。
工学部で使うような応用数学は、材料工学ではベクトル解析、電気電子工学ではフーリエ変換やラプラス変換など多岐に渡り、いずれも理系教養レベルの数学の理解を前提としています。
大学の数学をレベル4とレベル5に分割したのは、教養課程と専門課程というカリキュラム上の理由だけでなく、この断絶がかなり大きいという理由もあります。
「計算ができるだけ」というレベルを超え、「習熟した」と言えるレベルにまでなると、上位3.125%よりもずっと少ないのではないか、というのが私の体感です。

(番外編)レベル6:大学院数学について

人類の上位?%

ここから先は人類の最先端を行くことになるため、そもそも達成度も何もありません。
いわば、「教科書を読む側」から「教科書を書く側」になるのです。
専門分化も著しく、同じ大学院で数学を専攻する人でも分野が違うとお互い何を言っているのか分からないこともあるそうです。
トーナメントモデルを単純に当てはめると日本人の上位1.5625%ということになりますが、それよりも遥かに少ないことだけは確かです。

まとめ

上記は一応それなりの根拠があるものの、それでもかなりザックリとした議論であり、厳密さを好む人にとっては違和感もあったかもしれません。
しかし、「学習課程を経るごとに半数が脱落していく」というモデルは覚えやすいですし、何よりも全体感を直観的に把握することができます
そのため、一定程度の意義があるのではないでしょうか。

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