究極の格差社会!インディーゲームの社会学
はじめに
3日目を担当させていただきます、nyorokoと申します。
普段は当サイトnyoroko Appsにて、ブラウザゲームやジェネラティブアートの製作、技術記事の公開、エッセイの執筆等いろいろやっております。
今回は、インディーゲームの格差について実証分析してみました。
ゲーム開発者の方は肌で感じていると思いますが、インディーゲームの世界は非常に格差が大きく、Apple App StoreやSteamなどではランキング上位のごく少数のゲームが人気を博しているように思われます。
しかし、インディーゲームの世界の格差を定量的に実証分析した事例はないのではないでしょうか?
そこで本記事では、社会学的な手法でインディーゲームの格差の実態を調査し、さらにその上でゲーム製作者はどう向き合えばよいのかを考察していきたいと思います。
調査
対象
ゲームの投稿プラットフォームには、前述のApple App StoreやSteamなどのように様々なものがありますが、各プラットフォームでは独自の基準でランキングが設定されており横断的な分析は困難です。
そのため、一つのプラットフォームに絞って分析を行います。
今回の調査対象のインディーゲームのプラットフォームはitch.ioとします。
理由は以下の通りです。
規模の大きさ
本記事の執筆時点でなんと84万個以上ものゲームが公開されています!
Steamのカタログに登録されているゲームが5万個ほどであることを考えると、この数は圧倒的です。
カバー範囲の広さ
Windows、モバイル、ブラウザゲームなど様々なハードをカバーし、さらに価格も無料や有料など多数あります。
加えて、審査がなくや登録費用なども一切かからないため、ごく小規模な個人開発者でも参入しやすいです。
そのため、Steamよりもインディー向けな傾向があります。
itch.ioには夥しい数のゲームが掲載されている。
調査方法
人気度の指標
itch.ioでは現在、ゲームのプレイ数やダウンロード数をプレイヤーが閲覧することはできません。
そのため、今回は観察可能な人気度の指標として評価数を利用することとします。
私の体感としても、プレイ数が伸びたゲームはそれに比例して評価数も増える傾向にありますし、他に利用可能な指標がないため評価数を利用する方針とします。
なお、評価それ自体は人気度の指標としては不適切だと考えられます。
例えば☆5のゲームでも一票しか入っていない場合は人気だとは言えませんし、逆に☆3ぐらいでも数百票入っている場合は逆張りしたい層やアンチが一定数いるだけで人気自体は相当高いと推察されるためです。
統計手法
以下の手順で統計を作成します。
- 全てのゲームを「Top Rated」の順にソートする
- 上位から評価数を取得する(約2万件)
- 取得したデータを評価数の順でソートする
- プロットを観察し、当てはまる分布を考える
84万件すべてのゲームを調査することは困難で、取得できたのは「上位から」かつ「約2万件」でしたが、サンプルとしては十分です。
また、itch.ioの「Top Rated」では、基本的には上述のとおり評価それ自体ではなく評価数に重きを置いて順序付けしているようですが、実際はブラックボックスでありよく分からない部分もあります。
そのため、上位から評価数を取得して行っても、例えば50位のゲームよりも100位のゲームの方が評価数が多いということがたまにあります。
よって、3.の工程を追加しています。
調査結果
図1:評価数のプロット
まず、横軸に順位、縦軸に評価数を取ったグラフが図1です。
1位が約1万件もの評価を貰っているのに対して、そこから激減して下に凸のグラフになっています。
やはり直感通り非常に大きな格差があると言えるでしょう。
図2:評価数のプロット(両対数グラフ)
次に、横軸と縦軸の両方に対数を取ったグラフが図2です。
対数目盛では、目盛りが1増える毎に値が10倍、100倍、1000倍…と倍々に増えていきます。
図1がL字型の下に凸の曲線だったのに対し、図2は右下がりの直線のようになっています。
両対数グラフにした場合に直線になる関係にあるとき、そのデータはべき分布 によくフィットします。
図3:評価数のプロットとべき分布に回帰した結果
図3は、実際にべき分布に回帰した結果です。
青い線が実際のデータであり、赤い線がべき分布のグラフです。
べき分布の方が裾が厚くなっている、つまり低位で評価数が多くなっていますが、おおむねよくフィットしています。
パラメータの推定結果は以下の通りです。
: ,
95%信頼区間:
: ,
95%信頼区間:
さて、「評価数の分布はべき分布によくフィットしている」と言われてもいまいちピンとこないかと思います。
べき分布は所得の分布など様々な場面でよくみられる分布であり、スケール不変性などの性質があります。
べき分布の手触りを試すために、少し実験してみましょう。
順位が位から位に上がったときに、評価数は 倍になります。
べき分布の関数を代入して整理すると、以下のようになります:
今回はでしたので、これを代入すると
となります。
右辺がに依存しない定数になっていることに注目してください。
このことにより、100位から50位に上がれば評価数が1.5倍に、50位から25位に上がれば評価数がさらに1.5倍に、という倍々ゲームのような法則で評価数が増えていくということになります。
格差を社会学的に考える
格差の指標「ジニ係数」
ジニ係数とは、社会における所得の不平等さを測る指標で、0だと完全に平等で、1に近いほど格差が大きいことを示します。
ジニ係数を図を使って説明しようと思います。
いま、ある社会が100人の村だとします。
次に、村人たちを所得の1位から100位まで順に並べていきます。
最下位の人から所得を足し上げていくと、
- 1人目 = 100位の所得
- 2人目 = 100位の所得+99位の所得
- 3人目 = 100位の所得+99位の所得+98位の所得
といった具合に積み上がっていきます。
そして100人目まで足したときに村全体の所得となります。
横軸に累計人数、縦軸に累計所得を取り、累計人数と累計所得を結んだ線のことをローレンツ曲線(図の青色の曲線)といいます。
ここで、完全に平等な村の場合は全員の所得が同じなので、例えば「下から3人分の所得」は「下から1人分の所得の3倍」に等しくなります。
この場合、ローレンツ曲線は右上がりの直線である完全平等線(図のオレンジ色の直線)になります。
ジニ係数は、「完全平等線とローレンツ曲線が囲む領域の面積が、完全平等線とx軸がなす直角三角形の面積に占める割合」として定義されます。
不平等な社会ほど上位層の所得が極端に大きいので、ローレンツ曲線の傾きが上位層を累計に含めるあたりで急に上がり、その結果、完全平等線とローレンツ曲線が囲む領域の面積が大きくなり、ジニ係数は1に近づきます。
図解:ジニ係数
ジニ係数の高い国ランキング
OECDによると、OECD加盟国のうちジニ係数の高い国ランキングは以下のようになっています。
順位 | 国名 | ジニ係数 |
---|---|---|
1位 | コスタリカ | 0.487 |
2位 | メキシコ | 0.420 |
3位 | トルコ | 0.415 |
4位 | ブルガリア | 0.396 |
5位 | アメリカ | 0.375 |
6位 | リトアニア | 0.357 |
7位 | イギリス | 0.355 |
8位 | ラトビア | 0.343 |
9位 | ルーマニア | 0.342 |
10位 | イスラエル | 0.340 |
こうして眺めると、OECD加盟国のうち中南米と東欧は格差が大きいようです。
ちなみに我が国は11位で、ジニ係数は0.334でした。
また、ジニ係数の警戒ラインは0.4とされており、それを超えると暴動や社会騒乱のリスクが高いとされています。
itch.ioのジニ係数
約2万位以降のデータをべき分布で補完してジニ係数を計算したところ、0.437となりました。
ただし、べき分布は裾が厚い、つまり低位で評価数が多く出てしまいます。
指数分布などのより裾が薄い分布を仮定すれば、低位の評価数が少なくなり、ジニ係数はさらに上昇します。
グラフのプロットを観察する限り、裾はもう少し薄いと考えられるため、このジニ係数は少なめに見積もったものと考えられます。
このことを念頭に置くと、itch.ioという社会はOECD加盟国でもトップクラスに格差が大きいと言えます。
もしitch.ioが一つの国であったならば、ジニ係数の警戒ラインが0.4であることを考えると暴動や社会騒乱が発生してもおかしくないと言っていいかもしれません。
格差社会に向き合う
本記事はインディーゲームの世界の格差の実態を調査し、そして現状を所与としてインディーゲーム製作者は格差社会とどう向き合うかを述べるものです。
現状の激烈な格差が良いことなのかどうかという正義の話には立ち入らず、あくまでも現状を所与としてどう向き合うかという実用的な内容に入っていきます。
需要を食い合う「レッドオーシャン」
悲しいことにインディーゲームの世界は飽和状態です。
先進国はもちろん東南アジアなどの中進国ですら少子化が進行し、ゲームのプレイヤーのメイン層である先進国や中進国の若年人口は世界規模で減少していくため、インディーゲームの需要はそれに連動して減少していくでしょう。
しかし、Unityなどの優れたゲームエンジンの登場でゲーム製作の敷居は大きく下がっており、最近では生成AIの進化もありゲーム製作への参入障壁はかつてないほど低くなっています。
この状況は、需要が減少する一方で供給が増加する、血で血を洗うレッドオーシャンと形容するしかないでしょう。
需要を食い合う世界では供給側の相対順位で売り上げやダウンロード数などが決まります。
ゲーム製作それ自体が楽しければよいのですが、果てしない競争に疲弊して心が折れてしまうときが来る前に、格差社会を乗り切るための正しい現状認識と心構えをする必要があります。
世界をモデル化する
学校であれば、どんな生徒がどのぐらいの学力でどの順位なのかということはよく分かります。
スポーツであっても、県大会レベルや全国大会レベルの実力というのはある程度肌で感じられるでしょう。
しかし、インディーゲームのプラットフォームはバーチャルな空間であり、製作者の顔も名前も投入した時間も実力も、何もかも全く分からない世界になっております。
自分が戦うフィールドの相場感が全く分からないまま、暗闇のバトルロイヤルで暗中模索するハメになります。
「初めて投稿したゲームが全然プレイされない。それに比べて、上位の人たちは自分の何千倍もプレイされているなぁ…」と途方もない心境になるのが人情だと思いますが、そんなときにどのぐらいの順位でどのぐらいの人気度が得られるかのモデルを把握することが道しるべになるのではないでしょうか。
「トーナメント式の倍々ゲーム」というモデル
ここで先ほどの調査結果を振り返りましょう。
100位から50位に上がれば評価数が1.5倍に、50位から25位に上がれば評価数がさらに1.5倍になるという関係でしたね。
このような世界にはトーナメント式の倍々ゲームのモデルがよくあてはまります。
トーナメントでは、回を経るごとに半数が脱落していきます。
1回戦で100人が50人に、2回戦で50人が25人に、といった具合です。
そして、これは先ほどの調査結果と対応していることに気づいたでしょうか。
つまり、トーナメントで1回勝つごとに人気度が1.5倍になるというモデルで考えると分かりやすいと言えます。
まず、1回戦に勝てば上位50%になれます。その時点で人気度は1回戦敗退者の1.5倍になります。
次に、2回戦に勝てば上位25%になれます。その時点で人気度は2回戦敗退者の1.5倍、すなわち1回戦敗退者の2.25倍になります。
さらに、3回戦に勝てば上位12.5%になれます。その時点で人気度は3回戦敗退者の1.5倍、すなわち1回戦敗退者の3.375倍になります。
倍々ゲームは回を重ねるごとに上昇幅が急激に増加するという性質があります。
このように倍々ゲームのスケールで動く現象を人間は直感的に理解しにくい傾向にあるため、モデル化してスッキリ整理するということには一定程度の意義があると信じております。
格差社会の実態
インディーゲーム界隈で目立つのはごく少数の上位者です。
これが所得のランキングであれば、真の億万長者は目立つメリットが無い(むしろ税当局に捕捉されやすくなるデメリットが大きい)ので目立たないように振舞いますが、ゲームとなると目立つことで更に集客できるので上位者は目立ちたがりますし、ゲームサイトでもトップに表示されるので「人気が人気を呼ぶ」という事態になります。
インディーゲームの上位者はゲームサイトの上位で人気を博し、旧Twitterのような言論空間でも多くのフォロワーがいてツイートは数百リツイートされています。
ここで、先ほどの「実態」を再掲します。
図1:評価数のプロット
L字型のグラフの「角」の部分(500位ぐらい)より下位になると、あとはみんなどんぐりの背比べのように分布しています。
このグラフは上位約2万件についてですが、itch.ioのゲームは84万件あるので、9割以上のゲームはほぼ評価して貰えないというのが実態です。
「初投稿の作品が0ダウンロードだった…」
「次回作も出したけど低評価すらつかない…」
といった思いを経験した読者の方は多いのではないでしょうか。
しかし、全く恥ずかしいことではなく、むしろそれが普通なのです。
ごく少数の上位者が目立つ一方でその他多数は埋もれるため、認知にバイアスがかかりやすい状況にありますが、実態は0評価から数評価の層が圧倒的多数です。
そしてもし、ゲームに他の人に抜きんでるような要素があった場合、前回よりも数回戦多く勝ち進めるかもしれません。
そのときは倍々ゲームのスケールで事態が進展します。
「バズる」経験をしたゲーム開発者は、事態が急激に進展することに驚くことが多いらしいですが、それはまさに倍々ゲームのスケールで動く現象を人間が直感的に理解しにくいためでしょう。
最後に
インディーゲームの格差の実態を実証的に分析し、ジニ係数という切り口で格差の度合いを評価して、最後にインディーゲームの世界をモデル化してその背後にある構造を考察しました。
激烈な格差を目の当たりにして暗い気持ちになるかもしれませんが、トーナメント式の倍々ゲームというモデルで考えることで展望が見えてくるかもしれません。
また、ごく少数の上位者が目立つせいで認識にバイアスがかかりがちですが、実態は9割以上のゲームはほぼ評価してもらえず、このことを正しく認識するとある意味では安心できるかもしれません。
今後の展望としては、本記事は現状を所与とした分析であり、どうして激烈な格差が生まれているのかという背景の考察は範囲外としていたため、機会があればこちらについても考察してみたいです。
これからも面白い分析をしていこうと思いますので、ぜひ私nyorokoと当サイトnyoroko Appsをよろしくお願いします!