物理シミュレーションゲームの「ブルーオーシャン」

物理シミュレーションゲームの「ブルーオーシャン」

物理シミュレーションゲームとは

爆発的に売れた「ゼルダの伝説」

ゼルダの伝説ポータルより

今月、「ゼルダの伝説 ティアーズ・オブ・ザ・キングダム」が発売されました。
発売からわずか3日でソフト売上1,000万本を突破したという驚異的なゲームです。
本作は前作である「ゼルダの伝説 ブレス・オブ・ザ・ワイルド」の続編で、前作は2017年を代表する"Game of the Year"に輝いたまさに伝説と言えるゲームです。
両作がなぜ面白いのかについては人によって意見が分かれるところもありますが、一つの要因として物理シミュレーションゲームとしての完成度の高さが挙げられると思います。

あくまでも「一つの要因」であり、この点についてはまた述べます。

物理シミュレーションゲーム

物理シミュレーションとは、物体の運動、衝突、重力、摩擦などの物理的な挙動を計算し、これをシミュレーションすることです。
物理シミュレーションの要素を持ったゲームを、ここでは物理シミュレーションゲームと呼ぶことにします。
そのようなゲームでは、例えば以下のような挙動をします。

  • 物体を投げると放物線を描いて飛んでいく
  • 物体が衝突すると作用・反作用の法則に従って動く
  • 物体を滑らせると摩擦力でどんどん減速する

物理シミュレーションゲームの面白さ

直感的に操作できる

現実の物理法則を元に作っているので、直感的に操作でき、それによりゲームの世界に慣れるための苦痛が小さくなります。
例えば、「物を遠くに投げたいときは、重力の影響を受けるので真横ではなく斜め上に投げた方がいい」というのはあまりにも常識的すぎるので、チュートリアルを用意する必要すらありません。
こういった常識が通用するからこそ、プレイヤーは早くそのゲームに慣れることができます。
独特で小難しいルールを理解しなくても、制作者が伝えたい面白さに早くたどり着けるというのは大きな強みです。

現実的だけど、非現実的

物理シミュレーションを用いた実験で人気を博しているYouTuberに、「物理エンジンくん」がいます。
例えば、以下の動画は本日現在で800万弱の再生数を記録しており、他の動画も驚異的な再生数を誇っています。

物理シミュレーションは、現実の物理法則を用いているので確かに現実的です。
しかし、この動画のように「毎秒100回マッハ3で空気を蹴り続ける」というような通常ではありえないようなパラメータを設定することで、時に予想できないような面白い結果を生み出します。
ゼルダの伝説の話に戻ると、「ビタロック」という「物体を一時的に静止させ、静止している間にエネルギーを与え続ける」ことができる機能があります。
これを使い、岩を静止させて殴り続けてエネルギーを溜め、現実では実現困難なレベルの初速度を与えることで、岩をものすごい勢いで飛ばすことができます。
物理シミュレーションの世界では、計算能力が許す限りどんなパラメータでも設定することができます

自由度の高さ

Angry Birdsより

「Angry Birds」というゲームを御存じでしょうか?
パチンコで鳥を飛ばし、障害物や敵を撃破するアクションパズルゲームです。
パチンコで鳥を飛ばすと綺麗な放物線を描き、鳥が障害物や敵にぶつかると反発するといった具合に動きは極めてシンプルなのですが、玉突きのように衝突が連鎖することで思いがけない挙動をします
パズルゲームでありながら、解法が多くて自由度が非常に高く、ストレスになりません
また、制作者が意図していたであろう解法と全く異なる解法でステージをクリアできたときの達成感は何にも代えがたいものがあります。

ところで、ゼルダの伝説の話に戻ると、「祠」というパズルのようなステージがあります。
例えば「ボールを障害物を超えて遠くの穴に入れる」というクリア条件の祠があったとして、クリアする方法はパッと思いつくだけでも以下の通り多種多様です。

  • ビタロックでゴルフのように飛ばす
  • 金属製の板などがあればそれに乗せ、マグネキャッチで板ごと動かす
  • オクタ風船を付けて浮かせ、コログのうちわで仰いで遠くに飛ばす

祠は狭く、本作の売り文句である「オープンエアー」の世界観とは真逆の空間ですが、自由に試行錯誤しながら問題を解決することの面白さというのを強く実感しました。

物理シミュレーションゲームの可能性

レッドオーシャンと化した物理シミュレーションゲーム

「レッドオーシャン」は、ビジネス用語で、既存の市場や競合が既に存在し、血で血を洗う激しい競争が繰り広げられ真っ赤な海のようになっている市場のことです。
ゲーム機の性能が飛躍的に向上したことで、物理シミュレーションゲームはありふれたものとなってしまいました。
ゼルダの伝説の面白さを最初に説明したときに、「一つの要因として」と留保をつけたのは、まさに物理シミュレーションゲーム自体はありふれているからです。
ゼルダの伝説の場合、これに独自の「化学エンジン」を組み合わせることで「かけ算の面白さ」を実現したとのことですが、このように工夫しないと他から抜きんでることはできません。
また、UnityやPhaserといったゲームエンジンにもデフォルトで物理エンジンが組み込まれているので、インディーゲームでも簡単に作れてしまいます

現在の物理シミュレーションゲームの限界

物理シミュレーションゲームを作るうえで常に頭を悩ませるのは計算量の制約です。
多数のオブジェクトが一つのフィールドに同時に存在し、それらが相互に影響を及ぼすので、ゲーム機の性能が向上するまでは実現できませんでした。
最近はゲーム機の性能が向上したのですが、それでも計算量の制約は大きく、まだ現実の物理法則のうち再現しきれていないものがあります。

「ブルーオーシャン」

「ブルーオーシャン」は、レッドオーシャンの対義語で、競合のない市場競争の少ない市場を指します。
先ほど「現実の物理法則のうち再現しきれていないもの」と言ったのは、まさに文字通りのブルーオーシャンのような流体です。
流体とは、液体や気体などのことを指します。
例えばゼルダの伝説にも川や湖などの液体はあるのですが、内部的には固体に川や湖のようなテクスチャを貼ることで表現していると考えられます。

流体のシミュレーション

流体の場合、固体と違って外力だけではなく圧力粘性力も考慮する必要があります。
圧力については、空気における気圧がイメージしやすいと思います。風は気圧が高いところから低いところに向かって流れます。
粘性力については、マヨネーズがイメージしやすいと思います。粘り気の強い液体は、その場に留まろうとする力が強いです。
これらの特徴を踏まえ、流体をシミュレーションする方法の一つとしてSPH法があります。
これは流体を粒子の集まりとして表現し、一つ一つの粒子にかかる外力・圧力・粘性力を計算して適用する方法です。
高性能のコンピュータでSPH法を用いて波の流れを再現した動画が以下になります。

SPH法のネックは莫大な計算量です。
ある粒子の近くの粒子を探すにあたって、粒子が多いと組み合わせが爆発し、計算量が増加します。
これを避けるためには、例えば以下の方法でとにかく粒子を減らすのが有効です。

粒子を大きくする

リアルさは失われますが、少ない粒子で流体を表現できます。
テクスチャやシェーダーをうまく使えばリアルさを補うこともできると考えられます。

3Dではなく2Dにする

スマホゲームの場合、2Dのゲームもまだまだ多く、違和感はないと思います。
また、「グラフィックは3Dでも実態としては2D」というゲームは多いです(マリオ、カービィなど)。
その場合、内部処理としては2Dの物理シミュレーションで事足ります。

「ブルーオーシャン」のゲーム

流体は複雑で実に面白い挙動をします。
例えば、川のように流れる流体の中に障害物を置くと、障害物の両側に渦ができることがあります。
これはカルマン渦と呼ばれ、有名な鳴門の渦潮もカルマン渦であると言われています。

既存のゲームでも渦を表現しているものがありますが、これは流れを計算した結果発生したものではなく、単にブラックホールのように引力のある点としているか、螺旋状のベクトル場を設定しているだけの場合が多いと考えられます。
流体のシミュレーションゲームでは、障害物の位置が変わるなどして流れが変わると、渦のでき方も変わってくると想定されます。
例えば、川下りをするゲームを作るとして、障害物を破壊したり、油を流して粘性を高めることで粘性を上げたりすることで流れを変えられたら面白そうです。
かの有名な暴君が言うように、環境破壊は気持ちよさそうです!)
また、マグマのような流体は、冷えると粘性が下がります。
このように、状態の変化も考慮するとゲーム性の幅が広がると考えられます。

また、気体についても面白いゲームができそうです。
例えば、エースコンバットのように飛行機のフライトシミュレーションゲームは数多いですが、風船や気球のように動力源の無い乗り物のフライトシミュレーションを私は知りません。
風の流れにも渦はできるので、風船や気球は風に乗って予想外の面白い挙動をするかもしれません。

終わりに

私のブログは基本的には技術記事が中心ですが、今回はゲームのアイデアについて書いてみました。
物理シミュレーションゲームとは何か、物理シミュレーションゲームの面白さ、そして物理シミュレーションゲームの新たな可能性について述べました。
流体のシミュレーションは、計算量もさながら、既存のゲームエンジンには組み込まれていないので自分で実装しないといけないという大変さがあります。
そのため、時間はかかりそうですが、なんとか形にしたいなと考えています。

2023/10/15 追記

流体のシミュレーションゲームである"Tsunami Tactics"をリリースしました!
粒子法をベースにして剛体と流体を連成したシミュレーションを可能とする"Fluidix"という物理エンジンを作成し、それをベースに津波のダイナミクスを体験できるゲームというコンセプトで作成しました。
流体のシミュレーションゲームを作ってみて、予想通り非常に面白いテーマだなと思いましたので、現在は第二弾を作成中です!

Tsunami Tactics

壁を描き、津波を防げ!
流体シミュレーションエンジンFluidixが織り成す津波のダイナミクス。

Game Browser Strategy Fluidix

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